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フェルラ酸の作用 フェルラ酸は第2相系代謝の酸化還元酵素群を活性化させる 動物はなぜいつも毒物に対応する状態になっていないのか? 動物の細胞は、毒物に遭遇した時にすばやくその毒物を分解するシステムをもっていると、前に説明しましたが、なぜそのシステムを常に稼動させておかないのでしょうか? その理由の1つは、動物は毒物に近づかないように行動ができ、毒物と遭遇しないことができるからです。 常に毒物を分解するシステムを稼動させておくより、毒物を回避する方が効率よかったのでしょう。 2つ目の理由は、解毒システムが稼動した時は緊急事態で、あらゆる精力が解毒に注がれるからです。 そんな時は、生命を維持するのが精一杯で、体を大きくしたり子孫を作ったりする余裕はなくなります。 以上の理由より、動物は毒物に遭遇した時に緊急にその毒物に対処するシステムを備えるようになったのでしょう。 一般に、毒物は分解されると、もっと強力な毒物に変化します。 そのため、動物の毒物に対応するシステムには、毒物を分解するシステムと、分解した毒物を解毒するシステムとがワンセットになっています。 この分解するシステムを第1相系代謝といい、解毒するシステムを第2系代謝といいます。 前に述べたペルオキシダーゼやチトクロームp450などの酵素による物質の酸化分解は、第1相系代謝で、第1相系代謝で分解された物質は、すばやく第2相系代謝のグルタチオンなどによって無毒化されます。
炎症は第相系と第2相系代謝を活性化する 脳内には、抗体が関係する獲得免疫系は基本的にはありません。 その代わりに血液脳関門という仕組みによって、血液に乗ってくる毒物、化学物質などの異物、細菌あるいはウィルスなどの外来侵入物が脳内に入らないように厳密に管理されています。 それでも生体物質と似た物質や分子量の小さな物質は脳内に入ってきます。 そのため脳内には、自然免疫系といわれる外来性の侵入物に対処する、進化的に古いシステムが発達しています。 自然免疫系は炎症と関係しています。 炎症は外来侵入物に細胞が対応している状態で、炎症の4大特徴である「発熱」、「発赤」、「疼痛」および「腫脹」は、体に現れる炎症の症状です。 それでは炎症はどのようにして起こるのでしょうか? まず炎症は細胞の表面から始まります。 細胞表面には、さまざまな毒物、異物、病原体、ウィルスあるいはサイトカイン(細胞を刺激する分泌物質)などのそれぞれに対応した受容体といわれるスイッチがあります。 外来性進入物やサイトカインが受容体に結合してスイッチが入ると、細胞内に情報が伝達されます。 受容体は外来性進入物やサイトカインに応じた特徴を持っており、間違ってスイッチが入らないようになっていますが、細胞内の情報を伝達する経路はかなりの部分が共有されているので、その結果、共通した炎症の症状が現れるのです。 受容体から細胞内に情報が伝わると、第1相系と第2相系代謝の解毒システムが遺伝子から作り出され、毒物や異物の分解や解消を行います。 そればかりでなく炎症を起こした細胞は、インターロイキンなどの炎症性サイトカインといわれる物質を分泌し、その炎症性サイトカインは近隣細胞の受容体に結合してスイッチを入れ、炎症反応は加速的に近隣の細胞に広がっていきます。 この炎症反応の拡大は外来性進入物が解消されるまで続きます。 毒物や異物で起こった炎症とは、第1相系と第2相系代謝がフル稼働している状態なのです。
ベータアミロイドは、短時間で神経に影響する Yanらの発表の後に、ネズミの脳内に注入されたベータアミロイドは30分以内に分解されることがわかってきました《参考文献3》。 それにもかかわらず、Yanらの実験では、脳内に注入したベータアミロイドが記憶や学習力に決定的に影響し、その影響は8日経っても残っていたということは、ベータアミロイドは分解される前に、神経に対して短時間に決定的で後戻りできない影響をした、ということになります。 フェルラ酸は、ベータアミロイドによるアストロサイトの活性化を抑制する 上に述べた理由により、酵素によるベータアミロイドの分解だけでは、ベータアミロイドが短時間で記憶や学習力を低下させ、その効果が何日間も続く現象を説明できません。 そこでYanらは、ベータアミロイドが引き起こす脳細胞の変化に、フェルラ酸がどのように影響しているかを調べました。 脳細胞には、神経伝達を専門とする神経細胞(ニューロン)の周りに、その10倍ぐらいの数のアストロサイトという細胞があります。 アストロサイトは、いろいろな面でニューロンの活動を周りから援助しています。 ベータアミロイドがアストロサイトを活性化することは以前から知られていましたが、Yanらは、フェルラ酸がこのベータアミロイドによるアストロサイトの活性化を抑制していることを発見しました。 アストロサイトが活性化するということは、いろいろなタンパク質が大量につくられたり、新たにつくられたりしていることです。 一般にアストロサイトは、毒物が細胞に到達した時や、新たにニューロンが作られる時、あるいはニューロンの樹状突起が成長する時に活性化します。(生まれてからは、ニューロンは新たに作られることはありませんが、脳内のある特定の場所では大人になってもニューロンが新たに作られていることが知られています。 ニューロンは近隣のニューロンと結合するようにしきりと枝のような突起を伸ばします) またYanらは、ベータアミロイドによって活性化されたアストロサイトは、同時に、炎症性サイトカインであるインターロイキン(IL-1β)を新たに作り出していることを観察しました。 このことは、ベータアミロイドは毒物もしくは異物と認識されて、アストロサイトが炎症を起こしていることを示しています。 ベータアミロイドが脳細胞の炎症を引き起こしていることについては、他にも数多くの証拠があります。《参考文献6》 フェルラ酸は、このベータアミロイドによるアストロサイトのIL−1β分泌も抑制していました。 ベータアミロイドを感知する受容体はまだ分かっていませんが、脳内に増えたベータアミロイドが細胞のスイッチを入れ、アストロサイトの細胞炎症がはじまると考えられます。 細胞炎症の仕組みには、毒物や異物の分解だけでなく、自分自身の細胞を殺し溶かしてしまうアポトーシスという現象も組み込まれています。 毒物や異物で痛んだ細胞は、周りの細胞に悪影響を及ぼしますので、細胞内の物質を周りに散らさないように細胞自身が自殺し、分解してしまうのです。 炎症が長引いたり拡大したりすると、このアポトーシスにスイッチが入り細胞死が広がっていきます。 ベータアミロイドがうまく処理されず炎症が拡大すると、アポトーシスが拡大して、脳の萎縮が起こるのがアルツハイマー病の病理と考えられるのです。 Yanらは、フェルラ酸自身がアストロサイトにどの様な影響をしているかを調べるため、フェルラ酸だけによるアストロサイトの変化を調べました。 その結果意外なことに、フェルラ酸だけでもアストロサイトが弱く活性化することを観察しました。 このフェルラ酸によるアストロサイトの活性化は、ネズミにフェルラ酸を与えた5日後に現れ、14日目にはピークとなり、28日後には消失していました。 つまり、ネズミに与えたフェルラ酸は、一時的にアストロサイトを弱く活性化し、その後平常に戻っても、注入されたベータアミロイドが引き起こすアストロサイトの活性化や炎症を抑制し、その結果起こる記憶や学習力の低下も抑制した、ということになります。 Yanらが研究発表をした後、米国では食品添加物の酸化防止剤として認められている tBHQ(tert-butyl-hydroquinone)やブロッコリーに含まれるスルフォラファンなどが、やはりアストロサイトを活性化し、第2相系代謝に関与する酸化還元酵素群の新たな生産を促進していることが報告されました《参考文献7,8》。 第2相系代謝に関与する酸化還元酵素群にはNAD(P)Hキノン還元酵素、グルタチオンS転移酵素などがあり、ペルオキシダーゼやチトクロームp450などの第1相系代謝で分解された反応性の強い物質を無毒化する役割を果たしています。 フェルラ酸が、第2相系代謝の酸化還元酵素群の生産を促進しているという実験はまだされていないようですが、いろいろな間接的データから、tBHQやスルフォラファンと同じようにフェルラ酸もアストロサイトで、第2相系代謝の酸化還元酵素群の生産を促進していると推察できます。 アストロサイトの第2相系代謝の活性化によって、毒物の毒性が著しく弱められる効果があることは以前から分かっていました。《参考文献7》 ベータアミロイドがアストロサイトに炎症を引き起こし、ニューロンがその影響をうけて、記憶や学習力が低下することは充分に考えられます。 Yanらの実験は、フェルラ酸がベータアミロイドによるアストロサイトの炎症を軽減し、記憶や学習力の低下を抑制した結果ではないでしょうか。
フェルラ酸はベータアミロイド毒性を予防する Yanらの実験で、ネズミの脳内に注入したベータアミロドは即座に神経細胞に影響し、その影響は数日経っても継続しますが、フェルラ酸を事前に投与すれば、ベータアミロイドによる影響が軽減されることが明らかとなりました。 高齢になると人によっては、Yanらが注入した濃度より高い濃度のベータアミロイドが脳内に存在することについては前に述べたとおりです。 しかも、Yanらのネズミの実験では、脳細胞を一瞬高濃度のベータアミロイドに触れさせただけですが、一部の高齢者の脳細胞は、常に高濃度のベータアミロイドにさらされています。 フェルラ酸が脳内にあれば、たとえ高濃度のベータアミロイドにさらされても、ベータアミロイドによる炎症を軽減し、記憶や学習力の低下を防ぐことができます。
現代人はフェルラ酸が不足している フェルラ酸は細胞壁に存在するため、どんな植物にも含まれていると前に述べました。 しかし細胞壁のフェルラ酸は、セルロースとリグニンとをリンクするように結合しており、後腸が退化して盲腸という形骸しか残っていないヒトでは吸収することはできません。 草食動物の後腸の中にはフェルラ酸とセルロース、あるいはフェルラ酸とリグニンとの結合を切断できる微生物が棲んでおり、セルロースやリグニンに結合しているフェルラ酸をゆっくりと切り離します。 切り離されたフェルラ酸の吸収は抜群で、後腸を持っている草食動物の体内には、常にフェルラ酸があるのです。 フェルラ酸は、植物細胞壁以外に一部の果物、根あるいは穀物のなかに含まれていることが知られています。 これら根や種に含まれるフェルラ酸のほとんどは、セルロースやリグニンとは結合しておらず、アルコール類と結合したものや、何とも結合していないフェルラ酸そのものとして、根や種の特定部分に存在しています。 これら根や種に存在するフェルラ酸は、バクテリアなどから種や根を守ったり、また発芽のコントロールをしたりしているのではないかと考えられています。 さらに進化が進んで、ヒトは穀物を食べるようになりましたが、米や小麦などの穀物のヌカの中には、やはりヒトでも吸収できるフェルラ酸が大量に含まれています。 日本人の多くが、白い精白米を食べ、精白した小麦粉で作ったパンや麺類を食べるようになったのは第二次世界大戦以後のことです。 ヌカをすっかり取り除いた精白米や精白小麦粉の中には、フェルラ酸はまったく含まれていません。 不思議とフェルラ酸は、全ての穀物や果物に入っているわけではなく、穀物でいえば米や麦には大量に含まれていますが、大麦やオート麦ではわずかしか含まれていないようです。 草食動物から猿を経てヒトに進化するまで、フェルラ酸は欠かさず体の中にあって、ペルオキシダーゼ類の酵素活性を高め、また細胞炎症を軽くすることに寄与していました。 そのフェルラ酸が体の中からなくなったところに、ベータアミロイドが増えてきたらどうなるのでしょうか? 草食動物である牛などの肉を食べていればまだフェルラ酸の補給ができます。 ところが高齢になると、生活習慣病予防から、どうしても野菜中心の食事になりがちで、ますますフェルラ酸が不足します。
フェルラ酸以外にベータアミロイドの毒性を抑制できる物質が見当たらない 不思議なことですが、フェルラ酸のようにベータアミロイドによる記憶や学習力の低下を濃度と投与期間に比例して抑制できる明確な効果をもった物質についての報告は、いまのところ見当たりません。 専門医でも薦めることがあるビタミンEは、日本人の栄養所要量の上限、つまりこれ以上は摂取しないほうがよいという上限量の15倍の濃度でも、明確な効果はありませんでした《参考文献9》。 単一物質ではなく植物抽出物で明確な効果が報告されているのは、トウキ類かトウキシャクヤク散という漢方薬でした《参考文献10,11》。 トウキ類にはフェルラ酸が含まれているものがあり、またトウキシャクヤク散には、配合されているトウキだけでなくセンキュウにもフェルラ酸が含まれています。 培養した神経系細胞で効果があったとする物質の報告は、イチョウ葉エキスなど数限りなくありますが、どんな物質でも、体から取り出した細胞で行った実験だけでは当てにはなりません。 まして脳細胞は、おかれている環境でまったく違った反応をします。 そのよい例がグルタミン酸で、グルタミン酸は重要な神経伝達物質で、どんな食品にも含まれていて毎日10g以上は摂っていますが、培養した神経細胞に直接作用すると、微量でも重大な毒性を示します。
《参考文献》 6. McGeer
EG and McGeer PL [Innate Immunity in Alzheimer's Disease] Molecular
Interventions (2001) 1: 22-9
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